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※テキストはWikipedia より引用しています。
ここ数カ月、仕事が忙しくて帰りが遅くなることもしばしばだった。夕方の雑踏の中、家に向かえることすら喜ばしく思えてしまえる位に。久しぶりに商店街で何か買って帰ろうか。忙しいとお弁当や菓子パンで済ませることが多くなり、食生活も乱れ気味になる。今夜は新鮮な生野菜や美味しい果物が食べたい、どうしても。
食べたいものを時間を気にすることなく堪能出来る幸せに浸りながら、この3ヶ月実家に顔を出していないことに気がついた。今まで2ヶ月に1度は訪ねるようにしていたのに。私は都心のアパートで独り暮らし、実家は八王子にあった。来月は5月、これは是非とも帰らなければ。忙しかった数か月の間採れなかった休みを5月に振り替え、母の携帯にメールを入れる。
実家への通り道にあるアイスクリームショップでお土産を買い、ゆっくりと歩く。ちょっと来なかっただけなのに懐かしいという思いに心が揺さぶられるのは、どうしたことだろう。紅色に咲き誇る躑躅の生け垣を目にした時は、本当にホッとしたものだ。声をかけながら玄関を開けると、コーヒーの香りが私を迎えてくれる。「お帰り、丁度パイが焼けたところよ」
「ハウスクリーニング?」訝しげに母が私を見る。「そう、キッチンとバスルーム」いつもキレイに掃除しているのにと言いたげな表情だ。「でもね、プロの仕事はやっぱり違うの。私のアパートの大家さんもやってもらったんだけど、見違える程ピカピカになったって。その業者さんにお願いしたのよ」ああ、母の作るパイはやっぱり美味しい。
久々の実家の夜を堪能し、今日はハウスクリーニングをやってもらう日だ。午前中は頂き物の南瓜を前に思案する。「南瓜の煮付け、シチュー、後は…」「南瓜のパイが食べたい!」思わず口出ししてしまう。「クリームチーズを入れたら美味しそうね」母が呟いた。それからが大忙しだった。業者さんが来るまでに、パイを焼き上げてしまいたかったから。
業者さんが2人で手際よく掃除していく様を、私たちは見るともなしに見ていた。母は途中で「どんな洗剤を使うのか」とか「どの位の間隔で掃除すれば良いのか」とか質問していたけれど。バスルームのクリーニングでは、カビの落とし方や予防法を詳しく教えてもらっていたようだった。
よくbefore-afterと言うけれど、このハウスクリーニングがまさにそれだった。大家さんが太鼓判を押すのがよく分かる。価格も高くないし、しかも前もって聞いていたのよりも早く終了したのだ。「こちらはキレイにされていましたからね、掃除も楽でしたよ」満更でもない母の笑み。アイスコーヒーを出しながら、母が尋ねる。「パイを焼いたんですけど、いかが?南瓜のですけど」業者さんが嬉しそうに笑ったが、躊躇っているようにも見えた。「南瓜のは初めて焼いたんです。味見をして頂けると助かります」と私。「それでは遠慮なく。お邪魔した時に良い匂いがしたので、気になっていたんですよ」、母の日のハウスクリーニングは大成功だった。